上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- -- l スポンサー広告 l top
はいはい。お久しぶりのてひょぎです( ̄▽ ̄)
マダンまで10日を切りましたね。
運動モイン(スポーツ大会)、文化公演については、もう説明してくれたので、討論について少し書こうかなと思います。

討論って聞くと「ちょっとそういう難しいのは…」なんて気おくれする人もいるかと思います。特に朝鮮学校出身の人だと「また討論か…」なんて人も。そのおそらく不評であろう討論の汚名を返上すべく、ぼくなりの討論の面白さについて少し書いていきます。
(そもそもお前の話自体が難しくてわかりずらいんだよ…って方、マダン本番の討論は少なくともぼくの話よりは面白いはずですのでご容赦をヽ(´Д`;)ノ)


じゃ、まずはそもそも論のところから。なんで討論するの?討論って何?って話。
討論ってことばで辞書を引くと大体、「ある事柄について意見を出し合って議論をたたかわせること」なんて定義が載ってたりします。
この意見を出し合う、とくに「たたかわせる」ってあたりがみんなの討論への苦手意識の根底にあるんじゃないのかな~って思ってたりするんですが、どうでしょう?

で、戦わせるとなると勝ち負けがあるだろうし、議論の勝ち負けをつけるとなると、どちらかが正しくてどちらかが正しくない(あるいはどちらかがより説得的)ってことになるのかもしれませんが、マダン留学同でやる討論はおそらく、この意味の討論とは少し違うものじゃないのかなって思います。

楽しいイベントが目白押しなマダンですが、ただ楽しいだけじゃない。
自分について、自分が生きる社会について、自分のこれからについて、色んなことについて考える材料やきっかけが散りばめられています。
もちろん、それについて自分で考えるのは大事です。誰かの考えをうのみにするなんてもってのほか。
でも、それは別に自分ひとりで考えなさいってことではありません。
マダンに集まったみんなは生きてきた環境も違えば考えも違う、考えも違えば立場も違う、立場が違えばものごとを見る視点も違います。
そんなそれぞれ違った視点から同じものを見れば一つの視点からじゃ見えなかったものが見えてくる。
それぞれ違った意見のどれが正しいのかを競うんじゃなくて、みんなが見たひとつの物事の違う部分を教え合って、パズルだとかみたいにひとつの作品を作り上げる、そういう共同作業が留学同の討論なんです。

だから、自信のある意見だけじゃなくて、ほかの人と違う意見でも、ちょっと自信のない意見でも、どんどんどんどん積極的に言っちゃいましょう。
何かすごいことを言う必要なんかないですし、ちょっとした発言がきっかけでとっても面白い発見があるかもしれません。自分の考えを話すだけじゃなくて、ほかの人の意見を聞いてみて、その意見に賛成なのかそれともどこか違和感を感じるのか?感じるとしたらなんでだろう?とか考えるととっても楽しいですよ!!

討論を楽しめるようになったら、あなたも立派なマダン上級者!!

それでもやっぱり話すの自信ないよ…って人はぜひ、次回の討論のススメ②~「正しい」ってなんだろう?~(仮)を見てください。
別に「正しい」必要なんてないし、恥ずかしがったり不安に思う必要なんてないんだってことを少し書こうと思います。
だって、せっかくはるばる全国から集まって色んな人と話すのにただ黙ってるんじゃもったいなくありません?

ってことで、今回はここらで失礼いたします。写真も面白さも何もない文章を最後まで読んでくれてコマッスンミダー( ´ ▽ ` )ノ

スポンサーサイト
2015.08.09 Sun l l コメント (0) トラックバック (0) l top

コメント

コメントの投稿












トラックバック

トラックバック URL
http://rhttokyo.blog.fc2.com/tb.php/90-d1855556
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。