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明日からいよいよマダンですね。
いやーマダンまでの1週間は『あっという間』でしたね( ̄∇ ̄)
え?何?誤魔化されないぞ?すぐに更新するってな?
ま、まぁ、そう言った見解もございますが、

このてひょぎ、こと留学同に限り虚偽は一切言わぬ・・・・・・だが・・・・・・今回はまだその時の具体的な指定まではしていない。そのことをどうか諸君らも思い出していただきたい。
つまり・・・・私がその気になればブログの更新は10年20年後ということも可能だろう・・・・・・・・・・ということ・・・・!
なんて、ふざけてる場合じゃないですね。色々とばたついちゃって更新が遅れてしまいました……申し訳ありません(--;)


さて、今回と次回で、討論の時によくみかける2つの間違いをご紹介。一つは自分が「正しくない」んだって思い込んじゃってる場合。もう一つは自分が「正しい」んだって思い込んじゃってる場合。
討論の時に発言しづらいなって思ってるそこの君に、ぜひ読んでみてほしいなー

では、はじまりはじまり~



何が正しいのかを競うのが討論だと思い込んじゃってる人によくありがちなことなんだけど、まず討論には何か「正しい」考えと「正しくない」考えがあって、
自分の考えが「感情的」だとか「個人的」だとかあるいは、そもそもうまく言葉にできないだとか言う理由で、自分の考えは「正しくない」考えなんだと思ってしまう人がよくいる。

で、討論は正しさを競うものなんだから、「正しくない」考えは言っちゃいけない、もしくは言ったら攻撃されるって思っちゃって、結局言わないままで終わってしまう。

すると、せっかく今出ている意見とはちょっと違う考えを持ってるのに黙ったままになり、まず自分自身、その違和感が残ったままモヤモヤしたままになっちゃうし、実はその意見には不十分なところがあったり、もっと話す余地があったかもしれないのに、それが気づかないままスルーされてしまったりもする。

逆に、ちょっと勇気を出して言ってみたら、似たようなことを考えてる人がいたりして、その人がそれをうまく言葉にしてくれたり、そこから話が盛り上がったりなんてこともザラにある。

マダンの討論は別に相手を打ち負かすためにするものでもなければ、相手よりすごいことをいう必要なんてものもなくて、
「オレはこんな理由でこう考えてる。さぁ、反論してみろ!!」みたいな感じではなく、
「こんな風に考えているけど、それに関してどう思う?意見を聞かせて?」
とか、
「一緒に考えよう?」ってスタンスでやるものであって。
相手の反論を封じ込めるためじゃなくて、相手の発言を引き出すために、
もっと色んな考えを聞けるように、何か新しい発見がないかなって探すためにやってるわけで。


だから、たとえうまく言葉にできなくても思ったことは口に出してみる。そこから思ってもみなかった発見がうまれるかもしれない。すぐに言えることがなかったとしても、例えば相手の意見に賛成か反対か伝えるだけでも全然違ってくる。
感情的だろうと、個人的だろうと、別にそれでいい。まずは自分の考えを伝えるところから全部はじまる。

誰か1人が見つけた『正解』を教えてもらうことなんかより、みんなで意見を出し合って、この考え方は間違ってるんだと納得して共有できた事の方が何倍も価値がある。
納得はできないけど、自分の意見よりも「正しそう」な意見なんて100個教わったってなんの意味もない。誰か1人の正しい考えを押し通すんじゃなくて、みんなの意見や考えを積み重ねて一つの考えを形作っていく過程が討論なんです( ̄∇ ̄)

といったところで、長くなってきたので今回はここまで。次回は逆に「自分が正しい」って思ってるパターンの悪い例について話そうかと思います。では、またいずれ。
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2015.08.17 Mon l l コメント (0) トラックバック (0) l top

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